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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)16号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人の上告理由は末尾添付の別紙記載のとおりである。

上告人は株式会社帝国銀行東京支店の鈴木婦み名義の特殊預金は実質上上告人の預金であるにかかわらず、右銀行が鈴木婦みを納税義務者として戦時補償特別税を徴収し政府に納付したため、被上告人国は法律上の原因なくして、上告人の財産に因り利益を受け上告人に損失を及ぼしたと主張して本訴を提起し、不当利得の返還を求めたのである。

しかしながら戦時補償特別措置法第八条によれば戦時補償特別税の課税価格は請求権の全額であり、税率は同法第一三条で百分の百と定められている。即ち請求権の全額はそのまま課税金額と一致するのであるから所論債権が所論の如く上告人の債権であるならば上告人は自ら納税義務者として債権全額を納税しなければならないわけである、それ故上告人名義で徴収されるのも鈴木婦み名義で徴税されるのも、国及上告人の損得は同じことであつて不当利得の問題を生ずる余地がない。もつとも同法第一〇条第三項によれば納税義務者が個人の場合は課税価格から五万円の控除が認められるが、控除を受けるためには同法第一四条に規定する申告期限内に同条の規定による申告書を提出することを要し、申告書の提出がない場合には控除に関する規定が適用されないことは同法第一一条の明かに定めるところである。

しかるに本件戦時補償特別税について鈴木婦みが申告書を提出しなかつたことは当事者間に争いなく、上告人自らも申告書を提出しなかつたことはその主張に照して明白であるから、本件租税の課税価格について控除を受けられないのは当然である。上告人は本件特殊預金が鈴木婦みの名義である為め上告人が申告することは不能であつたと主張するけれどもたとえ預金の名義が自己の名義でなくても、本件特殊預金が実質上自己の預金であり、自ら納税義務者であると主張する以上は、進んで事実を明かにして自己の名を以て申告すべきであつて、決して不可能のことではない。上告人が右の申告をしたにもかかわらず政府乃至銀行が尚鈴木婦みの預金とし、同人を納税義務者として本件租税全額を徴収した場合には、或いはその徴収の当否を争い得るかも知れないが、本件のように申告がなかつたため銀行が控除の余地なきものとして全額を徴収した場合に、その当否を争う余地は全くない。言葉を換えて言えば、同法第一四条の申告期限に同条の申告書の提出がない場合は、その申告期限の到来とともに納税義務者はたとえ鈴木であるにしても或は上告人であるにしてもいずれにせよ控除を受ける権利を失い、国は請求権の全額を課税価格として百分の百の税率を以て戦時補償特別税を徴収する権利を取得するのである。以上のようなわけであるから、本件特殊預金について前記銀行が本件特殊預金の全額について同法第一九条第二項により本件租税を徴収し国に納付したからと言つて、国が法律上の原因なくして利益を受けたものとは言い得ないのである。原判決の理由とするところはこれと異るけれども、上告人の請求を容れなかつたのは結局正当で論旨は理由なきに帰する。

よつて上告に理由のないものとし民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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